「町家の魅力は、奥行きがあって、迷路のようなところ。この先には何があるのだろう? とワクワクするんです。子どもの頃、お正月やお盆に古い町家に住む祖父母の家に行くのが楽しみで、ここに来ると家じゅうを探検して遊んでいました。この幼児体験が、建築の世界に進むきっかけになったのかもしれません」
そう話す吉村理さんは、関西を拠 点に活躍する建築家。約10年前に亡くなった祖父母の町家を引き継いで、家族5人で住んでいる。敷地は江戸・ 明治時代からの町家が多く残る歴史的な町並みの一角にあり、築年数は約180年、延床面積約500㎡の 広さ。かつては「花内屋」の屋号で反物問屋や、「ひょうたん 瓢簞屋」の屋号で薬屋などの商売をしていたという。
吉村さん一家がこの家に住み始めた当時は、雨漏りや水漏れ、冬は隙間風に悩まされ、設備機器も古く、生活していくには厳しい状態だった。そこで2011年に家族の生活空間だけリノベーションを敢行。 「江戸時代から残るしっかりした家で、何世代にもわたって大切に住み継がれた家なので、町家の根本的なつくりは基本的に残し、今の生活に合うようにリノベーションしました」(吉村さん)
リノベーションの中心はLDK。土間のキッチン、リビングダイニングをワンルームでつなげ、大きな開口部で既存の庭と一体になるように計画。 庭から半屋外の土間、そして内部空間へ滑らかに連続しながら、行き止まりのない回遊動線を実現した。子どもたちも、いつも楽しそうに走り回っている。
扉やドアなどの建具は全て昔のものを再活用。リビングダイニングの壁と天井は再生土を利用した。食卓テーブルも昔の陳列棚を使うなど、できるだけ既存のものや古材を大切に生かしている。 通りに面したギャラリーは、地域のお祭りのときなどに、イベント会場や喫茶店として開放している。 「今まで以上に町の人に活用してもらえるよう、気軽に立ち寄れる場を積極的に提供して、町と家族の新しいつながりをつくっていきたいと考えています」(吉村さん)