佐賀県南西部の有明海沿岸の農村地域には、数百棟の茅葺き屋根の古民家が点在する。これらは江戸時代末期から明治時代にかけて建てられたものが多く、今も昔ながらの景観を残している。 5年前に長崎県から鹿島市に引っ越してきた中尾さん一家が住む古民家も、大正時代の初期に建てられ、築約100年という。
「有明海の干潟の写真を撮ったり、調査したりするために40年間、長崎県大村市から通いました。秋から春先まで野鳥が来ているときの干潟は、それはそれは美しく、老後はこの近くに住みたいと思っていたんです」と中尾さん。干潟が見える所まで徒歩10分の場所にある、くど造りの古民家をひと目で気に入った。
くど造りとは、佐賀平野でよく見られる伝統的な民家形式。棟がコの字型になっており、台風に強い構造で、雨降り時にも軽作業ができるよう土間が広くつくられているのが特徴だ。中尾さんは、くど造りの母屋の改修は一部の畳の床を板張りに変える程度にとどめ、現状を生かした。 隣接する座蔵は梁をできるだけ残し、力強い構造を楽しめるLDKに。その上に2階を増築して夫婦の寝室をつくり、バスルームも新しくして快適な生活空間に再生した。
「茅葺き屋根は改修にお金がかかるのですが、大切にしていた前の住人に敬意を表して、なるべく元の姿を残しました。茅葺きの家は静かなんですよ」(中尾さん) 改修工事を手掛けた夢木香の松尾進さんは、昨今、若い世代が古民家をリフォームして二世帯住宅にする仕事が増えていると話す。 「佐賀県の人は古い家の良さ、強さを知っている人が多い。伝統的な木組みの家は100〜200年、雨漏 りがしないように保守管理すれば残っていくし、高温多湿の日本には金物を使わない昔の工法が風土に合っています。また木や塗り壁は呼吸して、空気中の水分を調湿し、人が住みやすい空間を与えてくれます。その環境が、木も土壁も長持ちさせるのです。その結果、町並みも守られていきます」(松尾さん) 住み継がれてきた町で、今も現役で働いている中尾さんは今年で83歳。野鳥観察や撮影、干潟漁の撮影など、有明海を記録し続けている。